GREETINGS FROM THE PRESIDENT

代表あいさつ

社長となった単純な理由

私がいま社長としてイロモアを経営しているのは、学生時代に藤田晋氏(サイバーエージェント代表取締役社長)や堀江貴文氏(元ライブドア代表取締役社長)に憧れたからです。「将来は社長になる!」。ただそれだけの理由で大学は経営学部を選び、大学卒業後の会社も選んでいます。

憧れた理由はまさに単純。2人の考え方や行動力はもちろんですが、ジーンズやノーネクタイといった従来の社長像からかけ離れたイメージだったから。「こんな社長もいるんだ」と、田舎育ちの私には都会を憧れるように映りました。同郷の青森を代表する演歌歌手でシンガー・ソングライターの吉幾三氏も同じような気持ちで、あの代表曲「俺はぜったい!プレスリー」「俺ら東京さ行ぐだ」をもしかしたら作ったのかもしれません。

私の出身は青森県つがる市です。合併されて今はもうありませんが、旧稲垣村という周囲は田畑と家がぽつりぽつりとあるような津軽平野のほぼ中央に位置する村で生まれ育ちました。高校は地元にある五所川原高校へ進み、弓道部に入部。部長まで務めましたが、「楽しくやれれば」という思いで続けていたので、正直まじめな部員ではありませんでした。顧問と争ったことも今ではいい思い出です。

建設関係の仕事をしていた父親の影響で、建築学科を目指していましたが、「社長になる」と決めたのはこの頃。志望を経営学部に変更し、大学は無事に入学できました。しかし、勉強をしていたのかと言えば疑問符が付いてしまいます。アルバイトやバンド活動ばかりしていました。社長になるための経営学やリーダーシップ論などが学べるのかと安直に思っていたのですが、大学で学べるのは学問。いわゆる「○○論」や「●●思想」といったことを教えられるばかりで、当時の私には退屈でした(もう少し勉強していればと後悔することもありますよ)。

実は大学時代から始めたことがありました。SNSでギターを売っていたのです。アパートの部屋に多い時には15本もギターがありました。本当に大学生だったのか(笑)。パソコンやネットを触ることは割と得意な方だったで、どうやればギターが欲しい人に接触できるか、いらない人から安く買えるか、試行錯誤しながらお金に換えていました。ネットを使った販売は今でこそ当たり前かもしれませんが、2000年代にやっていたことは貴重な経験です。

青森にUターンし、挫折した話

幸いなことに大学は4年で卒業できました(笑)。就職活動を始め、東京の外資系企業を選びます。地方や日本の企業に勤める気はありませんでした。職種はシステムエンジニア。開発にも携わるフロントエンジニアとして、クライアントの課題を汲み取り、営業的な側面もこなす業務でした。

4年後にはベンチャー企業に転職します。プロジェクトをマネジメントする企業で、金融、製薬業界におけるシステム開発プロジェクトに参画しました。転職の理由は、フロントエンジニアとして働いている頃からプロジェクトの進め方や運用を意識するようになり、個々が100%のパフォーマンスで仕事をこなしているのに、プロジェクト全体では現場の仕事が効率化できていないことが多々感じていたからです。

例えばシステム開発のおけるプロジェクトの成功率は3割という逸話があります。原因は自分の仕事の成果が見えにくくなっている点で、解決には一種のノウハウもあります。プロジェクトを見えやすく目安を与えることなのですが、そういった経験を積めたことは今の仕事の大きな影響を与えています。システムエンジニアという職種だけではたどり着けなかった考え方ではないでしょうか。

そして、転機が訪れたのは地元青森にUターンを決めた時です。東京に比べ、人口減少や少子高齢化といった課題に直面し、行き詰っているように映っていました。青森を変えるには政治しかない。そこで青森市の市議会議員選挙に立候補。2014年4月、27歳のことです。会社を辞める際には先輩や同僚、社長からも活動資金をカンパしてもらい、意気揚々と青森で選挙活動を始めますが、待っていたのは挫折でした。

遊説先で市民からいただくのは温かい声援や応援だけではありません。厳しい指摘や中には野次が飛び交うことも。それでも笑顔で受け止めなければいけない。すぐに限界を感じるようになりました。考えが甘かったと言われればそれまでです。辞めようかとも思いましたが、前社長から「最後までやり遂げなさい」というアドバイスをいただきます。その言葉通り、あきらめることはありませんでした。

結果は落選です。ただ、選挙期間中の半年の間に多くの人たちから生の声や体験談などを聞き取ることができたのは、大きな収穫でした。その一つが、地域経済活性化は「女性の労働力の創出・活用」が決め手だと確信したこと。青森で起業することにつながるのです。

青森からできること、新しい挑戦

CAFE202は2015年4月に始めました。場所は仲間と一緒に借りたオフィスの一室。システムエンジニアの経験を生かした仕事を作るためシェアした部屋だったのですが、仲間が出ていき、一人で使うことになってしまったのです。広いスペースの家賃をこのまま払い続けることはもったいない。そこで始めたのがカフェでした。202は当時の部屋の番号です。

青森に残って起業したのは、東京に戻って仕事を始めるより自分にしかできない新しいことに挑戦したかったため。青森発で女性をターゲットにしたビジネスで、女性が働ける環境を創出すること。そして、会社を立ち上げて夢であった「社長になる」を実現したことになります。しかし、さらに挫折を味わうことになりました。

開業当初は1日1人も来ないような日もありました。それでも続けなければ、稼ぐことができません。転機が訪れたのはテレビに紹介されたことから。情報の発信だけはしっかりとしていたので、テレビ関係者の目に留まったようです。そこから少しずつ客足が伸びるようになりました。

仙台、弘前にも出店する機会に恵まれます。そのほか、ウェブメディアを立ち上げたり仕事でつながった人たちと新事業を展開したり、チャンスがあればその機会を逃さずに行動を起こしてきました。成功か失敗は結果でしかなく、大切なことは行動を起こしたことにあり、失敗したとしても、そこから何を学んだかではないでしょうか。

今まで通りのこと、上司や先輩から言われたことだけを続けているだけでは、これからの社会や時代には通用しません。さらに、ひとつの会社だけ、同じ職種だけで生きていくには難しいと言われる時代になっています。今まで以上に自分で考える力が必要となり、自分から能動的に行動を起こさなければいけません。

一緒に働く仲間と共有したい5つの価値観

私は5つの価値観(バリュー)を大切にしています。一緒に働く仲間たちとも共有していきたいものでもあり、これからの時代に必要な能力であるとも考えています。その5つは「マネジメント」「自分」「成長」「変化」「還元」です。

「マネジメント」は、組織として活動する仲間とともにアクションを起こし、その成果に責任を持つこと。目的意識を合わせて仲間と活動することは、会社といった単位だけではなく、社外やネットだけの関係といったグループにおいても大切です。今後の社会では国境や人種を超えて異なる価値観の人と仕事をすることも増えるでしょう。どんな小さなことでも構いませんが、目線を合わせるだけの組織にならないよう「マネジメント」できることが問われます。

「自分」とは、自分自身にしかできない仕事を探すことです。人工知能(AI)やロボット技術の発達といった背景もあります。実感としてまだないかもしれませんが、接客や料理もロボットが人間に代わる時代がそこまで近づいています。作業と呼ばれる仕事は、ロボットがすべてこなしてしまうかもしれません。

「成長」は日々のやりがいを見つけ、成長を見出すことです。毎日が同じと感じているような生活は私自身が過ごしたくありません。やらなかったことを後悔するような生き方もしたくありません。昨日より今日。今日より明日が一歩でも先に進めているようなスタンスで、仕事にも臨んでほしいのです。

「変化」は、世の中に合わせて自分も変化し順応していくこと。スマホの普及やインターネットによる新たなサービスが次々に生み出され、生活環境も変わり続けています。私たちは知らずにその変化に合わせていますが、仕事も同じ。環境や社会の変化に合わせ、自分自身も変化できるようになれなければいけません。

最後の「還元」は、自分の得たことや手に入れた利益を仲間たちと共に社会に貢献し、周囲の人たちに分け与えることです。目の前の損得に縛られず、自分だけではなく社会全体が良くなれば、いずれは自分自身の利益になるという考え方です。そういった循環を作ることは、自分だけでなく仲間や周囲の利益につながります。

美味しいご飯を食べると元気になる。幸せになることはありませんか?私も同じです。この幸せこそがAIやロボットでも生み出すことのできない私たちの仕事です。

技術革新や時代の変化が激しくドッグイヤーとも呼ばれて久しくなっています。会社もそのくらいのスピード感を持ってやらないと続けることができない時代となっています。1年後、半年後すら何が起きているのかわからないような時代です。その中でも私は本質を変えず、変化し続けていきたいと考えています。

私たちイロモアは、青森を出発点とし、「食を通じて人生を豊かにする」をミッションにかかげ、飲食店の経営、食品の企画・販売を行っています。私たちに共感したり一緒に働いてくれたりする人を探しています。ぜひご応募ください。